哲人ドラマーしゅんすけ「俺の人生哲学」ニーチェ編

ニーチェとは

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは、ドイツ・プロイセン王国出身の哲学者。プロイセンてのはドイツの前身となる国ですね。

今日はこのニーチェの自分を変えてくれたバイブル的存在である著作「ツァラトゥストラ」をざーっくり紹介できればなと思います。

特にこの本を読んだことない人、今の自分を変えたいんだ!って人は必見です。

できるだけわかりやすく説明しますんで読んでってくださいな。

今の自分は彼の思考に操られていると言ってもいいくらいです。今の自分の考えと照らし合わせながら説明していきますんでよろしく!

ツァラトゥストラとは

ツァラトゥストラとは

ゾロアスター教の開祖の名前であるゾロアスターをドイツ語読みしてツァラトゥストラ。ゾロアスターとはあまり関係ないんですね。

ツァラトゥストラという主人公が山にこもって思想を深めていたところ、神が死んだということに気づく。神が死に絶対的な存在がいなくなった世界で、山籠りの中で見つけた超人思想を人々に教えるため山を降りて人々に思想を説くという物語。

物語の主人公のツァラトゥストラが説いていることは、基本的にそのままニーチェ思想で、物語のなかで、ニーチェは「神の死」「超人」そして「永劫回帰」の思想を論じています。

まあ自分も細かい内容全部を理解している専門家ってわけではないので、、、。

分かりやすく重要なワードごとに説明していきましょう。

今回は「神の死」「超人」の思想の2つについて書いてきます!

神は死んだ

まずツァラトゥストラが山を降りる途中に聖者と出会います。聖者は熱心に毎日神に祈りを捧げています。そんな彼をみたニーチェは「あの聖者は神が死んだことを聞いていないのだ。」と言って立ち去ります。

「神は死んだ」

出てきましたね。

これは高校行ってたら誰もは聞いたことあるんじゃないんでしょうか?一体どういうことなんでしょうか?

日本人は基本的に無宗教の人が多い印象なので元々神?ナンスカ?て感じだと思うんですね。

ニーチェはバキバキキリスト教圏のヨーロッパでこれを言い放ったんですね。もう、罰当たりというかそんなレベルじゃないですよねー。

そんなことは置いといて、神は死んだとは一体どういうことなんでしょうか?

現代は科学技術が進歩して、これまで神様の仕業だよね!って感じで説明されていた事象も科学的に説明されてしまいます。これまでの信じられてきた絶対的な価値観みたいなものはもうすでに神様では説明できなくなりました。

神はもういないんですよ。簡単に説明するとこんな感じ。

じゃあ神が死んだらどうなるの?って話。

当時のヨーロッパはキリスト教が多く信仰されていて、人々の思想の中心的存在でした。そんな中、今まで信じていた絶対的存在である神が死んだとなると世の人々は「神様死んだら何信じて生きていけばいいんや?」今まで根底にあった価値観、「これやったらいかん」とか、「これやったらいいよとか」なくなってしまうわけですね。

「もう何も信じられないやん!」「人生オワタ!」って人が出てきます。

これに陥ってしまう人間をニーチェは末人と呼んだんですね。

末人というのは、ひたすら安楽を求める人。

そんな中ニーチェは「頑張らなくなって創造性をなくし安楽を求める末人ばかりになると、この世の中はニヒリズムに陥っちゃうよ。」てことを言いました。

はい、出ました。ニヒリズム。これも有名なワードですね。

簡単に説明します。

ニヒリズムとは今までの絶対的価値観(神)失ってしまい、生きることが無意味に感じられること。こうして何も信じられない人生にに絶望し、思考を放棄、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度のこと。

まあ現代の日本てまさしくこんな感じですよね。

23そこらの若者が何言ってんだって感じですけど、でも社会に出てまだ2年ったていない若者がこう感じるってことはそういうことですわな。

実際高校3年の進路選択を迫られたとき、大学卒業間際で自分の将来を考えた時とき。

不安で押しつぶされそうになったことを今でも覚えてますね。だって、こうすれば絶対うまくいくとか、絶対的に信じられることなんて何一つないし、少子高齢化、円安が進む安い国日本で一般企業に就職したところで、何者でもない自分のままあと60年近く変わり映えのない人生を生き続けるのか、、、と悩む。そして何もできない。

まあ基本的に親は、就職して結婚して普通に暮らせばいいというんですが、それじゃやだなと思っていて。

じゃあ音楽やるんだって自分で選んだ道も、なかなか自分自身を信じられなくてダラダラとフリーターをやっていたわけで。フリーターが嫌ってわけではないんだけど、一向に何者にもなれない自分の将来を考えて不安になって、何もできなくて、ニヒリズムてカンジ。

切望的な振り返りでした。これを消極的にニヒリズムと言います。

さて、ニーチェはそんな人は超人になれと言います。

超人

超人って、キン肉マンかよ笑。って感じてすが、ニーチェは超人についてこう説明します。

超人とは不屈の精神力と力強い意志を持って自身の人生を肯定して生きる人。それが超人だと。

これだけ?って感じですがこれだけです。

そもそもニーチェ自身が絶対的価値観なんてないんだと言い放っているので、具体的にこのように生きるのが超人って定義は作品に中で示されていないんですね。

こんな絶望的な未来だったとしても、生きる意味がないと思っても、自分の中で生きる意味を見つけて、全力で生きる人になろうよ。

まあ早い話、「物事に対する価値基準を他人に委ねるな。自分で考えろ。」

と言った感じですね。

神が死んだと言い放ったニーチェも自分の中にしっかりとした価値基準を持ってたんですね。そうじゃなきゃ圧倒的マイノリティであるキリスト教批判なんてできませんから。

一気にここまで書いたんで文が粗くなってるかも、、、ちょっと休憩します。

戻りました。

さてそんな超人になるためのステージがいくつか存在していて、主に3つのステージがあるよって言います。

それが

ラクダ、獅子、幼子

です。

まずはラクダのステージ

ラクダのステージでは重い荷物を背負って働くラクダのように自分に高い負荷をかけながら経験を積み成長し続ける期間です。今の自分はまだここかなって感じています。

まさしく学校とかがこのラクダのステージなのかな?ここでたくさん経験を積みながら次のステージに進むための価値観を吸収していくということですね。

次は獅子のステージ

獅子のステージは既存の価値観、常識や権威に対して自分の価値観をはっきり主張できる人間。

これはラクダのステージで吸収したものを自分の中ではっきりと表現するといった感じ。

自分が間違っていると思うものははっきりNOと言える人になろう、、、、俺もね。

さて次のステージはなんと幼子

このステージでは、自らの想像に身を委ねて自由気ままに表現する。どれだけ大人が嘆くような悲しい世界であっても幼い子供には関係がないわけで、幼い子供の時期は無条件で生きることがただただ肯定され続けるんですね。

よくよく考えたらあんまり記憶ないですけど、小さな頃はノンストレスで生きてたなと。そんなのは当たり前で本書で語られる価値観みたいなものを何も知らなかったわけですから。きっとそんな自分を突き動かすなんらかの動機、内から湧き出る価値観と言えるものを信じていたからこそノンストレスに伸び伸び生きていたんですね。

アーティストのあるべき姿はここなのではないかと思います。ここまできたら本物の超人ですね。

まとめ

本当は永劫回帰についても書きたかったんですが長くなりそうなんで今回は割愛します。

疲れた。

本日のまとめとしましては

なんのために生きるのか、自分の人生に意味を見出せば強くいかかることがでいる。

自分にとって価値のあるものを向上心を持って取り組むことが大事。子供の様に。

このようにして周りに何を言われようが自分の価値観で自身を肯定し続けましょう!

今を全肯定して生きる

どれだけボロッボロになろうが自分を信じてこれからも強く生き続けます!応援よろしく!

最後にニーチェが残した名言を一つ

「音楽がなければ人生は過ちである」

ではまた!!

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